出張で

博多から静岡に行き、戻ってきた。新幹線から伊吹山を見て、富士山も見た。
『怪しい来客簿』の一篇だったか、我らがアサテツこと色川武大は、伊吹山は大地の病巣のようで、富士は怖いから切り崩してしまえ、という意味のことを書いていた。そんなヨタ話から始まり、綺麗に収まるのだから面白い。

怪しい来客簿 (文春文庫)

怪しい来客簿 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
私が関東平野で生まれ育ったせいであろうか、地面というものは平らなものだと思ってしまっているようなところがある―「門の前の青春」。

そうそう、「門の前の青春」。
ただ、往復10時間の車中読んでいたのは、吉増剛造の『黄金詩篇』だった。どこぞにあったものをコピペして、印刷したもの。全文で3000行を越すので、12ポイントの文字で約60枚、それをフォントを変えて2部。それを「読む」っていうのは、一体なんだろうね。
一体なんだろうね、というのは、麻雀について、正確には麻雀語りについて最近ずっと考えていたこと。
麻雀みたいな糞ゲーで、こう打つのが正しいとか、心構えがどうとか、別に語るのは勝手だけど、ここのところ、糞ゲーだと思ってない人が多いように思えて、そういう前提がない、あるいは意図的に無視している文章を見ると妙に痛々しい気分になってしまう。
かといって、糞ゲーだから糞ゲーだろ、としか言っていない文章を見ると怒りが沸いてくる。
どうにも始末に終えないのが自分の心持で、だから最近は何も語るまいとしてきた。
別に結論とてないが、まあ吉増剛造は凄いな、凄いね、じゃあまた今度、会うまで生きてろよ、それだけの話。